【名古屋大学】細菌の前進・後退を決めていたタンパク質の構造変化 ―方向制御が可能な極小分子モーターの開発に貢献―

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【研究成果のポイント】

  • 魚の表面に付着する細菌の一種である海洋性ビブリオ菌が持つべん毛モーターの回転方向が、 クラッチの役割をもつタンパク質 FliG の構造変化により決まることを突き止めた。
  • FliG の構造変化と、それにより生じる FliG と水分子の相互作用の変化が回転方向決定に支配的な役割を果たすことを示した。
  • これらの変化がモーター中のリング複合体全体に伝わることで、細菌はべん毛モーターの回転方向を瞬時に切り替えることができると考えられる。

概要

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科 小嶋誠司教授、本間道夫名誉教授(研究当時:大学院理学研究科 教授)、同大学院創薬科学研究科 甲斐荘正恒客員教授は、 大阪大学蛋白質研究所 宮ノ入洋平准教授、 名古屋工業大学大学院工学研究科 錦野達郎博士 (研究当時: 大阪大学蛋白質研究所日本学術振興会特別研究員 PD, )、 長浜バイオ大学 バイオサイエンス学部 白井剛教授、 東京薬科大学生命科学部 土方敦司講師(研究当時:長浜バイオ大学バイオサイエンス学部 プロジェクト特任講師)の研究グループとともに、細菌が持つ運動器官であるべん毛モーター※1 を構成するタンパク質 FliG の構造動態を核磁気共鳴法※2および分子動力学計算法※3を用いることで解明しました。 FliG 分子は、 車の部品で例えるならギアのような役割をすることで、細菌が前進と後退することを可能にします。

べん毛モーターは、細菌が後退するための時計回りと、 前進するための反時計回りの両方向に回転します。 本研究では、モーターが時計回りと反時計回りの時では FliG の構造やその周囲に存在する水分子との相互作用が異なることが明らかとなり、この違いによって、 細菌は環境変化に応答して瞬時に前進と後退を切り替えできることが分かりました。

この知見をもとに、生物がもつ極小分子モーターの回転方向制御機構が解き明かされれば、 自由自在に回転を制御する人工的なナノマシンを設計することができるようになり、医療や人工生命設計など、 様々な分野に応用できることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「iScience」 (オンライン)に2023年7月18日 (火) 0時(日本時間)に公開されました。

図1:ビブリオ菌の極べん毛回転による運動と FliG の構造変化。

べん毛モーターが反時計回りで回転すると細菌は前進し、時計回り回転では後退する。 べん毛の根元にあるモーターは回転子と固定子の2つのタンパク質複合体が存在し、その相互作用によりモーターが回転する。回転子を構成するタンパク質である FliG の構造が変化することで、モーターの回転方向が瞬時に切り替わる。核磁気共鳴法や分子動力学計算法により解析したアミノ酸残基(I: イソロイシン, F:フェニルアラニン)の位置を示した。

研究の背景

細菌はべん毛と呼ばれる運動器官を使って、 水中で遊泳し、 魚のうろこなどの固体表面を這うことができます。べん毛は細胞根元にあるモーターから細胞外へ伸びたらせん状のタンパク質重合繊維をもち、モーターが回転することで繊維が船のスクリューのように機能することで、細胞の運動を可能にしています。べん毛モーターは直径およそ45 ナノメートルという極めて小さなモーターですが、F1マシンのエンジンの回転数に匹敵する 20,000 rpm という速度で、時計回り及び反時計回りの両方向に回転することができます。さらに、トップスピードから瞬時に回転方向を切り替えることも可能で、ほぼ100%に近いエネルギー変換効率を持つという極めて優れたモーターです。 モーターの駆動部分は「回転子」と「固定子」の2つのタンパク質複合体から構成されます。 モーターの回転力は、細菌の細胞外から細胞内に流れ込む水素イオンやナトリウムイオンのイオン流を固定子が自身の回転に変換することで生じます。 固定子の回転が、回転している 2 つの噛み合う歯車のように回転子に伝わることで回転子が回転します。 モーターの時計回りの回転は細菌の後退運動、反時計回りの回転は細菌の前進運動に対応します。 この前進と後退に対応するモーターの回転は走化性シグナルと呼ばれる細胞周囲の環境を検知して、得られた情報をモーターに伝達する機構によって制御されています。回転子中の FliG, FliM, FliNの3つのタンパク質はCリングと呼ばれるリング複合体を形成します。 この C リングが固定子と相互作用することで回転します。FliGは、走化性シグナルに応答して回転方向が切り替わる際に構造変化することが分かっていましたが、その詳細な分子機構はよくわかっていませんでした。

研究の内容

本研究では、遺伝子組み換え技術により得られた海洋性ビブリオ菌 Vibrio alginolyticus のモータ一の回転方向が時計回りに固定される FliGのG215A 変異体に着目しました。この変異体は215 番目のアミノ酸であるグリシンがアラニンに置換させることにより、FliG の構造が時計回りの状態で固定されることが分かっています。 この変異体と野生型 FliG を核磁気共鳴法及び、 分子動力学計算法によって解析したところ、野生型 FliG は時計回りの構造と反時計回りの構造の両状態を行き来することでのきる柔軟な状態を取っていたのに対し、 G215A 変異は変異による構造変化により、FliG 自身の柔軟性や FliG周辺に存在する水分子の相互作用が変化することで時計回りの構造を維持しやすい状態になっていることが示唆されました。 また、 野生型 FliG に強い圧力をかけ疑似的な時計回りの構造状態を作り出した状態で解析を行ったところ、 G215A 変異体と類似した構造変化と水分子の相互作用が観測されました(図2,3)。このことから、反時計回りの FliG と時計回りの FliG では疎水性相互作用と水分子との相互作用が大きく異なっていることを突き止めることができました。FliG の持つこの2つの相互作用がCリング中でも変化することで、モーターは瞬時に回転方向を切り替えることができると考えられます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

べん毛モーターは 20 種類以上のタンパク質から構成され、細菌が自身の細胞中で適切な順番で各タンパク質を発現し複合体を形成することで極小分子モーターを形成します。 べん毛モーターは、 100%近いエネルギー変換効率をもち、 かつ高速で回転可能な特性を持ちます。 現在の人類の科学技術を応用した人エモーターではこのような特性は再現が困難なことから、べん毛モーターの構造やその特性を発揮できる分子機構の解明が待たれています。 今回明らかになったモーター中の FliG タンパク質の物性の解明は、モーターの回転方向切り替えの分子機構の理解に大きく踏み込む研究成果であり、この知見を基にべん毛モーターが回転する分子機構を明らかにすることができれば、よりエネルギー変換効率が高くコンパクトなモーターを作成することが可能となり、その技術は、医療や人工生命設計など様々な分野に応用できることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年7月18日 (火) 0時 (日本時間)に米国科学誌「iScience」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:

“Changes in the hydrophobic network of the FliGmc domain induce rotational switching of the flagellar motor”

著者名:

Tatsuro Nishikino, Atsushi Hijikata, Seiji Kojima, Tsuyoshi Shirai, Masatsune Kainosho, Michio Homma, Yohei Miyanoiri

DOI:

Redirecting

本研究は、日本核術振興会(科学研究費助成事業)、 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業 (BINDS) 及び、 大阪大学蛋白質研究所超高磁場 NMR 共同利用研究課題の支援を受けて行われました。また、本研究は名古屋大学、長浜バイオ大学、大阪大学が共同で行ったものです。

用語説明

※1 べん毛

細菌の細胞表面から生えた螺旋状の運動器官。 その根元には、 細胞膜に埋め込まれた回転モーターが存在する。モーターは回転子と固定子から構成される。 細胞膜を隔てたイオンの濃度勾配差を利用して固定子が回転し、 その回転が回転子に伝わることでモーターが回転する。

※2 核磁気共鳴法

原子核の磁気的性質 (核スピン) を観測する分光法。 原子核の周りの電子の状態や原子の結合状態を知ることができるため、 蛋白質の立体構造情報を原子レベルの分解能で知ることができる。他のタンパク質構造解析手法である結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡単粒子解析と異なり、溶液中の状態でも構造情報を得ることができるため、 蛋白質の運動性や細胞内環境での構造変化を捉えることができる。

※3 分子動力学計算法

多数の原子が集まってできたタンパク質などの集合体の構造や動きをコンピュータ上での計算により研究する手法。 集合体を構成する各原子に働く力について、 ニュートンの運動方程式から作られた特別な計算式を用いて数値的に解いていくことで、各原子がどのように動いていくかをコンピュー夕上でシミュレーション(類推)できる。

【宮ノ入准教授のコメント】

本研究で取り扱ったべん毛モーター蛋白質は熱安定性があまり高くなかったため、運動性を解析するうえで困難が生じました。その点、錦野博士らと議論を重ね、圧力可変 NMR 実験や部位特異的な安定同位体標識技術を駆使してデータを得ることができました。 この成果から、 病原性細菌の運動を制御する新しい感染症対策薬やロボットの動きを制御する人工モーターの開発に応用できるよう、 独自の視点から研究を続けていきたいです。

 

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